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Archive | March, 2015

プロの味 いろどり天ぷら~酒粕とのし梅の挟み揚げ

          家庭でできるプロの味 3月 いろどり天ぷら~酒粕とのし梅の挟み揚げ 材料(4人分) 酒粕・・・・・・200g のし梅・・・・・・4枚 タラの芽、こごみ・・・・・・各4本 タケノコ・・・・・・1本(下処理したもの) マイタケ・・・・・・4片 桜エビ・・・・・・約20g 塩いろいろ(ピンク塩、抹茶塩、墨塩) 新挽粉(赤、白、緑) ※天出汁 カツオ出汁・・・・・・160cc みりん・・・・・・40cc 濃口しょうゆ・・・・・・40cc 大根おろし・・・・・・少量 作り方 ①粕はのし梅と同じくらいの厚さ、大きさに切り、酒粕3枚、のし梅2枚で縞模様に重ねる(博多とも呼ぶ)。打ち粉をして天ぷら衣をつけて揚げる。 ②タラの芽は下処理をする。下処理は、根元を少し切り落とし、茶色くなった部分を取って周囲を面取りするように包丁でむき、十字に切れ目を入れる。タラの芽、こごみに打ち粉をして、桜エビを入れた天ぷら衣につけて揚げる。 ③マイタケも②と同様に揚げる。 ④タケノコは下処理をしたものを適当な大きさに切り、打ち粉をして天ぷら衣をつけた後に三色混ぜた新挽粉をつけて揚げる。タラの芽、こごみを同様に揚げても良い。 ⑤皿に盛りつけ、塩、天出汁を添えて完成。 ポイント のし梅と酒粕の天ぷらは酸味と香りの意外な相性が楽しめ、博多にすることで見た目にもインパクトの強い一品になります。揚げ物は基本的に脱水の仕事ですが、カラッと揚げるには天ぷら粉も大事です。天ぷら粉は、1000ccの冷水に2個分の卵黄を入れて、ふるった小麦粉を入れ、かきまぜすぎないように作ります。水は、浄水器があればアルカリ水より酸性水を使う方がうまく揚がります。冷やした水を使い小麦粉も冷やしておくと良いでしょう。氷水を作り、ボールを二重にして天ぷら衣を冷やしながら揚げます。

“宮城のばっちゃん”が震災を語る

津波を三度経験した82歳  “宮城のばっちゃん”が震災を語る 江戸川・松江小    宮城県志津川町(現南三陸町)に生まれ、昭和三陸地震(1933年)、チリ地震(60年)、2011年の東日本大震災の大津波を経験した菅原幸子さん(82)が、3月4日に江戸川区立松江小学校(江戸川区松江、堀越和子校長、児童588人)の5年生に向けて震災当時の様子を語った。  菅原さんは、東日本大震災後、一時避難として江戸川区篠崎町に住む弟、萩野三雄さん宅に約3か月滞在した。お世話になった地元の人に恩返しがしたい、という菅原さんの思いから体験談を語る場が設けられた。  昭和三陸地震の時は生後1か月で母親に抱かれ逃げ延びた菅原さんは、チリ地震は妊娠8か月の身重の体で津波を逃れた。東日本大震災では、夫の位牌(いはい)を抱えて高台の保育所のそばまで逃げたが津波が迫り、裏山を登り小学校の避難所にたどりついた。その後も頻発した余震はチリ地震では経験しなかったもので「なんだっていつまでもおさまんないんだべな~」と、体育館の床にダンボールを敷いて眠れぬ夜を過ごしたことを振り返る。     避難所で出会った90歳の女性と過ごした18日間、妹を失った悲しみ、息子夫婦と一週間ぶりで再会できた時、津波の凄惨(せいさん)な光景を記憶に残す4歳の孫が「ばあば、生きていてよかったね」と泣いたことなど、震災直後の出来事が“ズーズー弁”を交えて伝えられると、涙を浮かべて耳を傾ける児童も見られた。志津川地域に伝わる合言葉「命てんでんこ」の言葉を教わった早瀬大亮君は「東京にも地震が来るかもしれないので、この言葉を思い出して命を守れるようにしたい」と話していた。  

「東京大空襲犠牲者墓誌」を建立

  「東京大空襲犠牲者墓誌」を建立 森下五丁目町会    江東区の森下五丁目町会(清水健二町会長)がこのほど、東京大空襲の犠牲者786人の名を刻んだ墓誌を猿江橋西詰公園に建立、今月8日に除幕式を行った。  1945年3月の東京大空襲で、森下五丁目(当時は深川区高橋五丁目)は一面焼け野原となった。清水町会長は戦後生まれの68歳だが、母方の親族7人が犠牲になっている。「遺骨や形見もなく全部燃えてしまった。わずか2時間半で(町内に住む)800人近い方の人生が終わってしまったことを思うと胸が痛い」という。    翌年、同公園には「八百霊地蔵尊(やおたまじぞうそん)」が置かれ、町会主催で供養式を毎年行ってきたが、戦後70年の節目にあたり、多くの住民が暮らしていた証となる墓誌を地蔵尊の隣に建立することを計画。清水町会長を含む5人が発起人となって募金活動を始めたところ、町会員や遺族、近隣町会など多くの賛同を得て、約1年で125件の募金が集まり目標額に達した。    墓誌に刻まれた名前は、歴代町会長が引き継いで保管してきた巻物「高橋五丁目戦災犠牲者俗名録」に書かれた773人に、調査で判明した13人の名を加えたもの。墓誌の素材は黒御影石で、高さ1・3㍍、幅1・6㍍。両面に犠牲者の名前がびっしりと刻まれている。台座には巻物の巻頭に書かれた作者不詳の短歌「春まだき 無情の風に 誘はれて 死出の旅路に 就きし魂の名」を添えた。小雨が降るなか、70回忌供養式に先立って行われた除幕式には、「東京大空襲犠牲者墓誌」の題字を揮毫(きごう)した山﨑区長も出席。清水さんは多くの参列者を前に建立に至るまでの経緯を説明した。    一方、清水さんは約2年前から「戦前居住者復元図」の制作を進めている。調査を重ねた結果、382軒の世帯主や商売が判明し、例えば菓子店が11軒もあったことや木材関連の職業が多いことなど「町の風景が見えてきました」(清水さん)。この「復元図」にはまだ空白の部分があり、また、墓誌に刻まれた名前の確認の意味でも、清水さんは当時の町内のことを知る人からの情報提供を広く募っている。

スポーツキッズファイル No.9 青山ベースボールアカデミー江戸川スクール

「青山ベースボールアカデミー」は、屋敷要さんら元プロ野球選手が指導する野球教室。松戸(千葉県)など首都圏に4教室を展開するが、そのひとつが「水辺のスポーツガーデン」(江戸川区東篠崎)で月曜に開催中の「江戸川スクール」だ。 現生徒は小学生25人(女子2人)。アカデミー創設者の中澤雅彦さんによると、学童野球では得にくい専門的かつ正しい指導で「子供たちに本物の野球を身につけてほしい」との思いが原点という。 「基本を大切に野球の楽しさを伝えたい」と語るヘッドコーチの河野友軌さん(元横浜)は、あらゆるポジションの経験者で指導の幅も広い。生徒たちはプロ志向の子から初心者までさまざまだが、レベルに応じた指導で多彩な練習メニューを取り入れ、また技術のみならずチームワークや礼節の大切さも教える。「子供たちは吸収が速く、上達が見えることが喜び」と話す河野さん。その明るい人柄もあって教室は終始和やかだ。 同教室では無料体験を随時受け付けている。℡5876・4910。 えとき 青山ベースボールアカデミー江戸川スクール 小鷹翼君(3年)の目標は速球投手。スクール合同の記録会など数々の行事も楽しみのひとつだ

グルメレポート 「久野」の刺し身

グルメレポート わたしのおすすめ店 「久野」の刺し身                    江戸川区平井在住  吉田誠一さん(70)      その店はJR総武線平井駅南口前、21階建ての「ビューネタワー平井」の1階、南側にある。カウンター8席の隠れ家的、美酒・美食の店である。店主の久野恭敬さんは学生時代ヨット部に属したスポーツマンでもある。卒業後、ビジネスマンから、すし店、和風料理店を経て9年前に、縁あって平井に「酒肴の店 久野」を開業した。店名の書体、メニューの文字は、書道家である義父の作である。  刺し身・焼き物・煮物・揚げ物、コース料理からふぐ料理まで、スピーディーに調理するさまは、さすがヨットマン。セールさばきのごとく包丁さばきも見事である。小さいけれど温かみのある店内、カウンター越しに接していると、「久野劇場」の舞台かとも思える。    出し物、どれも「うまい」。「新鮮な肴(さかな)を提供するだけ」と謙遜するが、「うまい」の一語に尽きる。この日も、「命の水」でのどを潤した後、中とろ、ヒラメ、赤貝を注文する(1500円)。「久野の刺し身」。口に含んだ瞬間、新鮮さが広がる。料理人泣かせが刺し身だと思う。なにせ、煮たり、焼いたりしないのだから、料理人の五感で決まる。    おあとは、白子ポン酢(700円)。シシャモ(1本250円)。カキフライ(800円)。締めは、たらこ茶づけ(600円)。 店内にはいつもジャズが流れている。一見ミスマッチのようであるが、逆に都会を感じる。    この日二杯目の「命の水」を一口含んだ時、昔、よく聴いていた、カーティス・フラー1965年アルバムの「ファイブ・スポット・アフターダーク」が流れてきた。「久野」というステージで、美酒・美食・美音の三重奏は、まさに「限りある人生を謳歌(おうか)する」にふさわしい宵、酔いだった。    ●「和食 ふぐ料理 久野」 江戸川区平井3の30の2 ビューネタワー平井℡5626・5608、午後5時~11時。火・木曜のみ午前11時30分から「久野ランチ」あり。日曜、祝日定休。

「全国47都道府県 地図りんかく画を描く」発売

あなたなら何を描く? 「全国47都道府県 地図りんかく画を描く」発売       葛飾区青戸在住のにしのともひろ(西野智博)さん(79)がこのほど、「全国47都道府県 地図りんかく画を描く」(タルタル―ガ社刊)を出版した。     「地図りんかく画」とは、白地図を見て、その輪郭からひらめいた絵を描くもの。「制約された形を使うことで生み出す苦しみもあり、謎解きパズルを解くような楽しみもある」と西野さん。     同書では全国47都道府県それぞれの白地図と西野さんの描いた「りんかく画」を掲載。「あなたなら何を描く?」と問いかけるように、まずは白地図があり、ページをめくると、西野さんの作品が見られるという構成で、誰でもすぐに「りんかく画」に挑戦できる。    西野さんは、レコード会社や出版社で企画制作責任者としてヒット曲を手掛けたほか、戦後初のカタログ通信販売(dinos)を立ち上げるなどの経歴を持つ。葛飾区に移転し、区内めぐりを楽しんでいた頃、ふと同区の地図が「何かの形に見えた」ことから「りんかく画」を発案した。    脳の活性化による認知症の予防やストレスの解消、コミュニケーションツールとしてなど、様々な効果も期待できるとして、これまで、高齢者施設での講習や、東日本大震災の被災地と葛飾の子供たちの交流などを行い、多くの人たちと「りんかく画」を楽しんでいる。また、出版をきっかけにTBS「Nスタ」、フジテレビ「めざましテレビ アクア」などのテレビ番組でも「りんかく画」のユニークさが紹介された。   B5変形判112ページ、1620円。問い合わせは東都よみうり新聞社☎6663・9011。

厩橋簿記講習会の名物先生

商売の基本と人間の基本を教える 厩橋簿記講習会の名物先生 安沢直次さん    複式簿記の手法で帳簿を記載し、税を計算、申告する青色申告では、所得税の特別控除や赤字(純損失)の3年間繰り越しが認められる。節税にもなる青色申告を事業主自らが行えるように簿記の知識を無償で教える「厩橋簿記講習会」が、墨田区東駒形の中ノ郷信用組合ホールで木・金曜の夜に開かれている。91歳の名物先生、安沢直次さんが66年間教壇に立ち続け、実務とともに経営の精神を教え伝えてきた学びの場は、パソコンで会計ソフトが使える時代になっても受講希望者が後を絶たない。  安沢さんは戦時中に開成中学(旧制)で教えていたが、終戦を経てGHQの追放令によって教職を奪われ、同区本所で製材所を経営した。厩橋簿記講習会は、学校に行けない近所の子供たちに、私塾として1949年2月から自宅・厩橋製材所の2階でそろばんや書道を教えたのが始まりだ。取り組みを聞いた近所の経営者らの希望で翌年から実務簿記も教えた。62年に中ノ郷信用組合本店のホールに場所を移し、「厩橋簿記講習会」と改称。現在までの修了生は、延べ約7500人を数える。  教師と中小企業の経営者、両方の経験が実務中心の講義に人間教育を加味する独特のスタイルを産んだ。ある日の講義でも、損益計算書の読み方を解説するなかで「“安くて悪い”経営は経理を習う意味がない」「動機と結果の意味を間違えないように」「会社を訪ねてくる人にはきちんとした人間性をもって応対してもらいたい」といった商売の本質を語る言葉が合間に差し込まれた。時には生活上の甘えを叱咤(しった)する厳しい言葉も発せられ、講義は凛(りん)とした緊張感のある雰囲気で進められる。  「先生の大きな声に驚きました」と語るのは、42回生で現在会長を務める小川良雄さん(60)だ。江戸川区江戸川で創業107年の麦茶・きなこ卸業を営む小川さんは、専務時代に取引先の五家宝メーカーの社長から「今後の商売発展を考えるなら経済を勉強した方がよい」と講習会を勧められ、見学した時に安沢さんの教える姿を見た。目標が見えない自分の迷いを喝破するような「我に返らせる声だった」と振り返る。  3月13日に修了式を終えた66回生の一人、白石順子さんは母娘二代の修了生となった。墨田区横川で実家の繊維業を手伝う白石さんは、45回生として参加した母親から講習会や安沢さんについて以前から聞いていたが、30代に入って受講を決めた。安沢さんの人柄と一生学ぶ姿勢に見習いたいと、2年連続受講した。「残業などもあり、就業後に通うのは難しいかもしれないが若い人にこそ来てほしいと思う」と語る。

やっていました「東京シャルソン」

2月22日 東京マラソンと同じ日に やっていました「東京シャルソン」     約3万6千人が参加して東京マラソンが盛大に開催された2月22日、葛飾区など3か所を拠点に「東京シャルソン」が行われ、約90人が参加した。規模では東京マラソンに到底かなわない「東京シャルソン」だが、その楽しさでは負けていない。     「シャルソン」は「ソーシャル」と「マラソン」を合わせた造語。距離もタイムも競わない新時代の〝マラソン〟だ。「パーティーするようにマラソンしよう」を合言葉に、2年前の東京マラソン開催日に世田谷区経堂の有志が開催したのが発端だ。現在はこの日に限定せず各地で開かれ、葛飾区内では「葛飾シャルソン実行委員会」(廣中靖久実行委員長)が昨年5月、10月に開催。今回は経堂の〝本家〟の誘いを受けて、世田谷の2拠点に葛飾を加えた3拠点で「東京シャルソン」の名で開催された。    「シャルソン」のルールは、指定の受付からスタートし、指定の時間・場所にゴールすることぐらいでごくシンプル。葛飾では亀有をスタート・ゴール地点としたが、例えば亀有を出発して経堂でゴールすることもできる。途中の飲食や休憩のみならず、移動手段も走りに限らず徒歩、自転車、鉄道などなんでも可。参加者はフェイスブックなどのソーシャルメディア(SNS)で体験を文字や写真で随時発信。それを共有しながら移動して街の魅力を再発見し、人と人がつながることが醍醐味(だいごみ)だ。ゴール後の宴会で体験を発表しあい、「最も楽しい体験をした人」が優勝者となる。  給水ポイントならぬ「給〇ポイント」が街中に設置される。ここでは、参加者が立ち寄ると飲食や体験、スマートフォンの充電など店独自のサービスが受けられる。葛飾には12か所が設置された。その1か所となって、同区白鳥で米国生まれの「ワンストロークペイント」を実演した堀内治彦さんは「当日は11人の方がいらっしゃいました」とうれしそう。  午前10時のスタートから午後6時のゴールまで、それぞれの時間を過ごした参加者たち。葛飾ゴールの優勝者は同区青戸在住の男性で、世田谷から葛飾まで走ったのち区内を巡り、買ったケーキを自宅の妻に渡してから宴会に参加した。2位は仕事で途中タレント犬の撮影に立ち会ったりした男性、3位は亀有の銭湯でくつろいでから濡れ髪で宴会に参加した女性だった。  同会の野村美穂さんは「シャルソンは1か所でぐだぐだしてもいい。楽しかったら居座るのもあり」とその力みのなさも魅力と語る。同じく大木一弘さんは、参加者同士の出会いが大きなポイントで、「街発見イベントとしても面白いので、多くの方に知っていただきたい」という。同会では10月にも葛飾単独の「シャルソン」を開催する予定だ。  

夢を応援するラジオ局がコンサートを開催

     働きながら子育てするラジオパーソナリティーの辰島佳寿美さんが、夢をかなえる人たちを応援するイベント「ドリプラジオコンサート DREAM&DREAM 夢をつなごう」を、2月20日にティアラこうとう(江東区住吉)で開いた。  辰島さんの仕事は「ドリプラジオ」というラジオ局で様々な人の夢を伝え応援する番組を制作し、インターネットと全国の地域FM局を通じて発信する。自分ができることで多くの夢を応援したいと、ラジオ生放送の経験を生かして始めた活動だ。    コンサートは、多くの子育て中の母親やその家族に見てほしいという思いから企画された。“放浪の合唱作曲家”として全国を旅しながら音楽活動を続けるシンガーソングライターの弓削田健介さんと、『3秒でハッピーになる名言セラピー』の著者でコピーライター、作家、漢字セラピストなど幅広く活躍するひすいこたろうさんがゲストとして出演。弓削田さんが働くママたちへの応援メッセージを歌にのせて発信し、ひすいさんが「名言セラピー」を織り交ぜて子育て中の母親に向けた言葉集を披露した。    イベントは来年以降も続けることが決定した。次回はぜひみなさんも参加してみてください。