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1989年には全国優勝

 都営新宿線の一之江駅から北へ約五百メートル、環七通りから左に折れて少し歩いたあたりに「金沢タイル工業所」(江戸川区一之江)がある。町に溶け込み、特別なことは何もないように見えるが、実は同社は、タイル張りの技能では世界のトップレベルと厚生労働省が認めた会社なのだ。
 同省が三月にまとめた冊子「匠(たくみ)たちからのメッセージ」は、高い技術を持つ職人への取材を通じて、技能士活用の好事例を持つ全国の百社を紹介したものだが、この冊子にタイル工事業では唯一掲載されたのが金沢タイル工業所だ。「下町に生きる世界トップレベルのタイル職人会社」とある。金沢久雄社長(63)=写真(中央)=は業界では知られた存在だが、自宅兼会社を一之江に構えて三十年がたっても「(地元の)このへんの人は知らないでしょうね」と金沢さんは笑う。
 金沢さんは一九六四年四月、江東区住吉の馬場タイル工業所で職人の道に入った。師匠の馬場平八さん(故人)には「ダメなものはダメという物に対してのこだわりがあった。勉強になった」と感謝の気持ちでいっぱい。ここで九年修業した後、七四年四月に金沢タイル工業所を創業した。
 八四年に「一級タイル張り技能士」の資格を取得した後も、さらに技を磨いた金沢さん。四年に一度の「全国タイル張り競技大会」では、八一年大会の十位から八五年には三位に躍進。そして、三十四人が出場した八九年大会で見事優勝を果たし、仕上がりの美しさやスピードなどが国内一と評価された。以後も東京マイスター(都優秀技能者、九八年)や建設マスター(優秀施工者国土交通大臣顕彰、二〇〇一年)、全技連マイスター(〇七年)などに選ばれている。
 一方、金沢さんは後進の指導にも積極的。同社の弟子四人のなかでも、青年技能者が出場する「技能五輪全国大会」で〇八年一位の伊藤俊司さん(24)は期待の若手。二年後輩の松本静さん(24)も将来性は高い。二級技能士の二人は、業務と並行して一級技能検定合格を目指し、日々切磋琢磨(せっさたくま)している。
 さらに、金沢さんは外部での指導経験も豊富。ものづくり大学や都立城東職業能力開発センター足立校の講師をはじめ、都職業能力開発協会の「職人塾」、都産業労働局「若者ジョブサポーター」としての指導、そのほか企業、団体、学校での体験授業などにも出向いてきた。変わったところでは昨年春、新国立劇場での舞台「シュート・ザ・クロウ」で平田満、板尾創路ら役者四人に一か月にわたってタイル張りを教えた。
 同社が主に手がけるのは個人宅など小規模工事だが、例えば早大校舎や地元の団地(江東区大島、同区亀戸、江戸川区西葛西)、江東区総合区民センター(江東区大島)、清澄庭園そばの公衆トイレなど、改築・新築に関する法人や行政からの依頼も少なくない。清水建設の「建設技術歴史展示室」(江東区越中島)の展示物「タイル・煉瓦施工技術の変遷」も金沢さんが手がけた。
 タイル張りは「お客の満足度が一番」と話し、外観では分かりづらいからといって「早く安く」ではなく、「必要があればしっかり時間かけてやる。規則正しく、基礎に基づいてやることで強くもなる」と胸を張る金沢さん。今回の冊子はインターネットでも公開される予定で、金沢さんの職人としての情熱は若い世代にもより広く伝わることになる。