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深川江戸資料館で志の春落語会

 落語家が英語で語る噺(はなし)に日本人の観客が大爆笑――。そんな奇妙な光景が昨年12月10日に深川江戸資料館(江東区白河)で開かれた「『誰でも笑える英語落語』出版記念落語会」で繰り広げられた。高座で語ったのは、立川志の春さん(37)だ。
 志の春さんは、幼少期と大学時代の計7年間を米国で過ごし、イェール大学を卒業して三井物産に入社した。25歳の時、生で聞いた立川志の輔さんの落語に衝撃を受け、入門を決意。一度は師匠に断られながらも、会社を辞め、志の輔門下で落語の道を歩み始める。8年にわたる前座期間を経て11年に二ツ目に昇進した。昨年はNHK新人演芸大賞本選に出場、高座に上がる回数も年間約300回と前年から飛躍的に増加した。錦糸町のライブハウスでも定期的に独演会を開いている。
 英語落語への挑戦は自然な成り行きのように思われるが、志の春さん本人は語学堪能な側面をあまり表に出さないように意識していたという。転機となったのは、12年秋に唯一の日本人として参加した「シンガポール・インターナショナル・ストーリーテリング・フェスティバル」で、英語による古典落語「転失気(てんしき)」を演じた時のことだ。お寺の和尚が小僧に知ったかぶりをして大失敗する滑稽噺に観客らが抱腹絶倒、志の春さん自身が「これまでの三百倍ぐらいウケた」と反響に驚いた。それまで抱いていた「英訳すると落語の魅力が半減するのではないか」という疑問は、外国人の率直な反応を見て“英語でも十分伝わる”という確信に変わった。その思いは、英語落語への傾斜で芸をおろそかにしてはならない、という気負いから志の春さんを少しずつ解放するものとなった。 
 10日の落語会は、この日発行の『誰でも笑える英語落語』(立川志の春著、新潮社)の出版を記念して開かれ、270人を超える満席となった。最初に立川寸志さんが「転失気」を日本語で演じた後、志の春さんが登場し「皆さんもよく知っている話です」と語り始めたのは「TENSHIKI」。
実際に聞いてみると、笑いを誘う独特の“間”が日本語の時と変わらず、英語で大笑いできるのが新鮮な感覚といえる。英会話風に訳すと、小僧の「へい、和尚さん」は「Yes,Master」になり、花屋が女房を呼ぶ「おい!」は「Honey」に変換される、といった小さな発見も観客には楽しい。友人の誘いで横田基地(福生市)から夫と来たローラ・ユーイングさん(32)は、「落語を聞いたのは初めてだったが本当に楽しかった」と、堪能した様子だった。
 この日はゲストに英語落語の海外公演を16年続けている大島希巳江さん(文京学院大外国語学部教授)が「A MAN IN HURRY(反対車)」を演じた後、トークショーでは約20か国で落語会を開いてきた経験を語った。「落語特有の上下(かみしも)の会話が理解されず、客席から返事が返ってくる」「宗教的な禁止事項の多いイスラム圏の国では飲酒と“ひじ・ひざ”が出る話はNG」「英語の方が受けの良い噺がある」といった英語落語特有の興味深い事情が挙げられた。