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東都よみうり1500号に寄せて 91歳 神谷清子さんの手紙から

 「おめでとうございます。こちらのおかげで今日(こんにち)があります。感謝でいっぱいです。永遠に続いてください」――。現在91歳。江戸川区西葛西の老人ホームでの暮らしも10年がたった神谷清子さんを訪ね、本紙の創刊1500号(7月20日号)発行をご報告した際にいただいた言葉です。「東都よみうり」が過去度々取り上げ、複数の記者がお世話になった江戸川区立下小岩小、西小岩小元教諭の神谷さん。さまざまな動物の保護活動、ホーム入居後も文集や句集の発行の話題に加え、そこでの生活を川柳にして新聞に投稿してくれました。本紙を長年応援してくれた〝応援部長〟から7月に届いた手紙。1500号達成の機会に合わせて紹介させていただきます。
 (徳田康二)

■白鳥おばさん
 「白鳥おばさんも3月で91歳になりました。根室の白鳥を取り上げていただき、それ以来のおつきあいです。長い歳月、たくさんのはげましとご指導をいただきました。(クチバシの不自由な)鶏、カラスのカンちゃん、不忍池のカモ、新小岩の川のカモと数えきれません。御社の記者さんの真心とご指導があってこそ、今日まで続きました。一つ一つ思い出すと胸いっぱいになり涙がにじみます。ありがとうございました」
(神谷さんは食料不足で死んだ北海道・根室の白鳥に胸を痛めて食料支援を長年続けたほか、戦時中、羽毛をとるため大量に殺された白鳥を哀れみ、慰霊碑建立の募金を呼びかけ実現、当時話題の人に)

■文集50号超える
たくさんの交流も
 「83歳から始めました、よたよた川柳・俳句まがい。文集も50号を超えました。ささえたお助け人の教え子も70~85歳のポンコツ車です。なんの知識もない老人の集まりの出発でした。その文集が宮内庁に舞い込み、長官直筆のお手紙をいただき、喜ばれてもう4年も続いています。落語界の海老名香葉子さんに、浅草の浅香光代さんにと、すばらしいお手紙が老人たちをはげましています。介護を続けてくれている教え子(文集制作などを助ける佐藤恒子さん)も10年になりました。たくさんの人の情けに囲まれての生涯でした」
 (千葉県での教員時代には、吉川英治氏から「これから大事なのは教育、日本の子供だ」と言われ、転職の考えを改めて東京の教員資格を取得したことも)

■医師も驚く元気さ?
 「胃ロー(胃瘻)の手術を断って10年の歳月がたちました。あの世の人にも忘れられました。(白米以外の)栄養をとらなくなって4年目です。とうとう妖怪と言われてしまいました。医師は『人間の物さしで計れない』と」
 (実際お会いすると、杖(つえ)1本で歩いていてお元気そうです)

■「東都」とともに
 「幼い頃から道を踏みはずしてはいましたが、そこには必ずお助け人がいました。真心という宝物でした。たくさんの花を咲かせていただいた貴社に感謝を思いたちました。貴社が江戸川の地に咲かせてくださった花が私の生涯でした。私は貴社とともにありました。真心と絆の花を咲かせて、みんなを喜ばせてください。お願いいたします」

■最後のお願い
 「世の中の早い進みかたにおろおろしています。乱れに乱れた世に正義の道は見つかりますか。忘れてはならない戦争のことも歴史の波に押し流されています。根室の白鳥のザン殺(編集部注=悲しい死)も知る人もいなくなりました。人生最後のお願いです。貴社で咲かせて育てられた真心の花を、もう一度咲かせて下さい。きよ子」
 (白鳥の悲劇を後世に伝えたいと願う神谷さん。碑を観光コースにする案もお持ちでした。また、文集などを本にまとめたいという人がいて、その方法を知りたいとの希望も)

■その川柳の世界
 「天の声 聞こえるようにと 耳そうじ」「おちついて まずおちついて よだれふく」「脳細胞 どれだけへったか のぞきたい」「ウインクも ゴミかと言われ がっくりす」「お前まだ 浮世にいたかと エンマさま」「食べるのか こぼしているか 食事すむ」「耳鳴りも 気にしなければ 虫しぐれ」「アイロンを かけてみようか 顔のシワ」「度忘れの 言葉まよって 手話になる」「萎(な)えし手を 励まし朝の 服を着る」