top

明治小だけの愛唱歌ではなかった 本紙「疎開の歌」の記事に反響

 ♪疎開は勝つため国のため 必ず元気でやり抜くぞ そうだそうだやり抜くぞ――。明治小学校(江東区深川)の「明治同窓会」による疎開先写真展示(2月27~3月10日、深川東京モダン館で)を前に、2月15日付「東都よみうり」紙上に掲載された記事「疎開の歌のメロディーは?」について、その後さまざまな反響がありました。
 戦中の明治第二国民学校の女子学童たちが、疎開先の新潟県で歌っていたこの歌の情報を求めた内容でしたが、江戸川区西小松川町の谷口久子さんは、テープにその歌を吹き込んで「明治同窓会集団疎開総合調査係」に提供しました。久子さんはこの歌を母(故人)から教わったそうです。
 こうして無事メロディーが確認され、展示会場でも流された「疎開の歌」ですが、一方、久子さんの家族には明治小出身者がおらず、さらに他校でも歌われていたとの証言が増えたことから、明治小のみで愛唱された歌ではないことがはっきりしてきました。
 少々気になるのはこの歌の出所ですが、地域をまたいだ広がり方や、インターネット上の情報から鑑みて、調査係や久子さん、夫の寿男さんは「NHK国民合唱」(ラジオ番組)で流れた1曲ではないかと推察しています。
 久子さんから東都よみうり新聞社に届いた投書と調査係からの手紙を抜粋して紹介します。
◆久子さんからの投書
 記事を読み、亡き母からの聞いて覚えていたメロディーを歌って録音し、主催者に送り、主人(寿男さん)と会場で責任者の方と親しく話をさせていただきました。
 私は国民学校入学前でしたので、疎開は経験していません。ご苦労話や仲の良かった友が空襲で亡くなられた話など、胸を締め付けられる思いでした。戦中・戦後のひもじさに比べ、貧しいながらも空襲に脅かされない今の暮らしは、当時ご苦労された方々のお陰かと思います。
 11日間の会期中に1300回ほど私の拙い歌を会場に流してもらいました。恐縮し、お礼申し上げます。
◆調査係からの手紙
 こんなことも世の中に起きるのですね。谷口さん夫妻も、久子さんのお母さんも明治第二国民学校と全く関係なかったじゃありませんか。(テープを寄せてくれて)感謝感激でした。
 (NHK国民合唱の曲と推察して)NHKに元々のテープや楽譜を探してもらっていますが難しいようで、まだ朗報はありません。
 (記事掲載直後に)「城東区香取国民学校」の昭和19年度の5年生で、山形県へ集団疎開したという美容師さんが電話口で私に歌ってくださったので(明治第二国民学校、第三大島国民学校以外でも歌われていたことが新たに)分かったことも成果でした。
 また、私と同じ集団疎開学寮の下級生(故人)の未亡人が会場を訪れ、「私、豊島区から集団疎開していたのですが、全員でこの歌をしっかり歌っていました」と教えてくれたのも収穫でした。