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「東都よみうり」が報じた下町 1975年の本紙紙面から

 「東都よみうり」は1975年の創刊当初から〝下町〟といわれる都内東部地域に焦点を当て、生活に密着した記事を紙面に掲載してきた。当時の連載には、「団地コーナー」「エプロン・ママ参上」(主婦の読者による商店街評価と紹介)などがあり、団地内で住民らが立ち上げた幼稚園や図書室、学習塾の話題など、集合住宅内のコミュニティーが活発に生活改善に取り組んでいた様子を伝えている。

第二次ベビーブームで〝幼稚園浪人〟続出

 1975年は、第二次ベビーブームで生まれた子供たちの入園・入学時期とも重なる。団地内で住民らが自主運営の幼稚園を開設した背景として、定員超過で公立・私立の幼稚園に入れない子ども達の〝幼稚園浪人〟が続出する問題が提示されている。団地群を抱える江東区大島地域ではその傾向が顕著に現れた。11月21日号では、第四大島幼稚園のこの年の2年保育の倍率が約10倍と「大学入試以上の競争率」になったと報じている。

高校生も急増 水元高校は間借り生活半年

 小さな子供だけでなく、高校生も苦労したようだ。この年に開校した都立水元高校(2006年度閉校)は、高校生急増対策として地元住民の強い要望があって開設された高校だ。校舎完成を待たずにこの年春に約360人が入学し、10月中旬の全面開校まで高島平高校に間借りしていた。
 この年はまた、鉄道駅や施設などの建設が相次いで計画された時期でもあった。10月ごろの紙面には、現在の東西線西葛西駅の新設が決まり、地元住民と区長との話し合いの模様などが報じられた。この時点で予定されていた駅名は周辺の地名から「小島」駅だった。

船堀の都営バス営業所跡地利用めぐり波乱

 現在「タワーホール船堀」が建つ場所は、かつて都営バスの江戸川営業所があり、閉鎖後の跡地利用をめぐりこの年に波乱があった。10月3日号は、進出を表明した大型衣料品スーパーが地元商店街の猛反対に遭う、という動きを伝えている。都営線の開通は5年後の1980年。将来を見込んでの企業参入に地元が抵抗した構図だ。

個人情報肖像権…移り変わる世の中

 本紙連載記事のうち、復活は難しいものといえば「あっ、わたし!?」だろう。駅前の雑踏などから無作為に選んだ人をアップで写真撮影し、「該当者は電話をください。記念品を贈呈します」という文をつけて掲載した。
 当時は雑誌などでも類似の企画記事が連載され、読者は自分が被写体になる偶然を楽しんでいた。本人に断わりなく撮った写真を載せても、個人情報保護や肖像権に関するクレームが来ることなどまずありえない、そんな世の中だった。