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「東京大空襲犠牲者墓誌」を建立

 

「東京大空襲犠牲者墓誌」を建立

森下五丁目町会

「戦前居住者復元図」の制作を進めている清水町会長

「戦前居住者復元図」の制作を進めている清水町会長

大勢が参列した除幕式

大勢が参列した除幕式

 

 江東区の森下五丁目町会(清水健二町会長)がこのほど、東京大空襲の犠牲者786人の名を刻んだ墓誌を猿江橋西詰公園に建立、今月8日に除幕式を行った。

 1945年3月の東京大空襲で、森下五丁目(当時は深川区高橋五丁目)は一面焼け野原となった。清水町会長は戦後生まれの68歳だが、母方の親族7人が犠牲になっている。「遺骨や形見もなく全部燃えてしまった。わずか2時間半で(町内に住む)800人近い方の人生が終わってしまったことを思うと胸が痛い」という。

   翌年、同公園には「八百霊地蔵尊(やおたまじぞうそん)」が置かれ、町会主催で供養式を毎年行ってきたが、戦後70年の節目にあたり、多くの住民が暮らしていた証となる墓誌を地蔵尊の隣に建立することを計画。清水町会長を含む5人が発起人となって募金活動を始めたところ、町会員や遺族、近隣町会など多くの賛同を得て、約1年で125件の募金が集まり目標額に達した。

   墓誌に刻まれた名前は、歴代町会長が引き継いで保管してきた巻物「高橋五丁目戦災犠牲者俗名録」に書かれた773人に、調査で判明した13人の名を加えたもの。墓誌の素材は黒御影石で、高さ1・3㍍、幅1・6㍍。両面に犠牲者の名前がびっしりと刻まれている。台座には巻物の巻頭に書かれた作者不詳の短歌「春まだき 無情の風に 誘はれて 死出の旅路に 就きし魂の名」を添えた。小雨が降るなか、70回忌供養式に先立って行われた除幕式には、「東京大空襲犠牲者墓誌」の題字を揮毫(きごう)した山﨑区長も出席。清水さんは多くの参列者を前に建立に至るまでの経緯を説明した。

   一方、清水さんは約2年前から「戦前居住者復元図」の制作を進めている。調査を重ねた結果、382軒の世帯主や商売が判明し、例えば菓子店が11軒もあったことや木材関連の職業が多いことなど「町の風景が見えてきました」(清水さん)。この「復元図」にはまだ空白の部分があり、また、墓誌に刻まれた名前の確認の意味でも、清水さんは当時の町内のことを知る人からの情報提供を広く募っている。