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「亀戸の富士塚」伝える石碑が完成

 富士山の世界遺産登録を機に、亀戸浅間神社(御田村俊一宮司、江東区亀戸)に隣接する富士塚の存在を広く伝えようと、同神社の氏子らがこのほど石碑を建立。「富士塚石碑建立祝い式典」を昨年12月22日に開いた。
 この富士塚は「笄塚(こうがいづか)」とも呼ばれる。社伝によると、日本武尊(やまとたけるのみこと)の后(きさき)、弟橘媛(おとたちばなひめ)が、荒れた海を鎮めるため海に身を投げた後、笄(髪飾り)がこの地に流れ着いたとされる。一方、この塚の最上部には、亀戸浅間神社の本殿が長く建っていたため(都の再開発事業に伴い、1999年に移転)、この地は同神社の本殿跡地でもある。
 これらの歴史と伝統を語り継ごうと、2012年6月には富士塚の正面に「笄塚」の説明板を設置。さらに、富士山の世界文化遺産登録を機会に、長年の懸案となっていた「富士塚」の石碑を建立することとなった。
 22日、茅(ち)の輪の製作が進められている同神社に集まった氏子らは、「亀戸あさくさ古道保存会」の鴇田慶三会長(同神社宮総代)の案内で旧中川にかかる逆井橋まで歩いて、同会が設置した「逆井の渡し跡」説明板(12年12月建立)を見学。同神社に戻ると、社殿で神事「竣工(しゅんこう)奉告会」に出席、山﨑孝明江東区長もこれに駆けつけた。
 その後は富士塚に移動。亀戸九丁目町会こども会の児童約20人が「ふじの山」の歌を披露する姿をほほえましく見守った。続く除幕の儀で、約20人が合図とともにひもを引くと富士山を模した碑が姿を見せ、参列者は一斉に拍手。「亀戸の富士塚 浅間神社本殿跡地」と書かれた中央の石部分は、02年に亀戸九丁目町会がここに寄贈設置したものだ。
 御田村宮司による清祓(きよはら)いののち、宮総代の石澤柘磨さんと山﨑区長があいさつ。最後は記念撮影を行って除幕式を終えた。