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「ハコスカ」オーナーの〝駆け込み寺″

「ハコスカ」オーナーの〝駆け込み寺″

内田モーターワークス

内田幸輝さん

 

「内田モーターワークス」の販売スペースに立つ内田さん

「内田モーターワークス」の販売スペースに立つ内田さん

その四角い外見から「ハコスカ」の愛称で親しまれる3代目スカイライン(C10型)。日産自動車がこれを販売したのは68年から72年までのわずか4年間だが、40年以上がたった今でも根強い愛好家がいる名車のひとつだ。そんなハコスカの魅力に心奪われ、「この車に関しては、グレード問わず、やれることを全部やっていこうと思っています」と熱く語る男が江東区白河にいる。

清洲橋通り沿いにある「内田モーターワークス」社長の内田幸輝さん(53)は、祖父の代から続く自動車整備工場の3代目。小学生のころ、所属していたボーイスカウトの移動で、隊長が運転するハコスカの最上級グレード車(スカイラインGT‐R)に乗せてもらったとき、山道をものともせず「暴力的に加速する車」(内田さん)に衝撃を覚えた。あこがれは膨らみ、18歳で免許を取ると、中古のハコスカ(GT)を購入。自ら技術を学び整備し、乗り続けた。

父親から整備工場を継いだ内田さんは、20年ほど前から「自分がやりたいことを」と、ハコスカに特化した業態に工場を移行させていった。新品の部品は現存しないため、利益度外視で部品製造も手がけるようになり、その種類は徐々に増えて、今では100種以上にもなった。ハコスカ専門ショップ「VICTORY50」を設立し、修理・レストアのみならず部品の供給、さらに中古車販売も手がける現在は〝困ったときの駆け込み寺〟として全国の愛好家に知られる存在だ。

一方、内田さんはハコスカでヒストリックカーレースにも参戦。そのつながりで、スカイラインの生みの親である技術者の櫻井眞一郎さんや、伝説のレーサー久保田洋史さん、高橋国光さんらと知り合い「ハコスカが取り持つ縁。いろんな人と知りあえたことはぼくの中の宝」という。

74年に引退した久保田さんがレースで乗っていたGT‐Rのレプリカを一昨年製作し、この車で久保田さんとともに耐久レースに出場したことは、近年の忘れられない思い出のひとつ。「今までこだわってやってきたことによって、描いていた夢が全部実現してきた。夢は追い続けているとかなうんだなあと感じています」と話す内田さん。子供のころ初めて乗せてもらったGT‐Rもオーナーから譲り受けて、今では内田さんの愛車だそうだ。